Thursday, January 1, 2009
50年にわたる帰国の夢 海外亡命半世紀 知るべき真のチベット…
50年にわたる帰国の夢 海外亡命半世紀
知るべき真のチベット…
概要
1949年、中国人民解放軍はチベット東部のChamdo省およびKham省より当時独立しているチベットを侵攻した。1951年5月23日、中国と協議のため北京へ赴いたチベット代表団は、中国の脅迫の下で「チベットの平和的解放のための措置に関する17か条協定」を強要署名させられた。これにより、中国はチベットを植民地とした。
1959年3月10日、中国のチベット占領に反対するチベット人の蜂起がチベット全土で頂点に達した。中国共産党は直ちにラサなどの主要都市で武力鎮圧し、数千名ものチベット人が惨殺された。ダライ・ラマ法王、チベット政府関係者及び8万人を超えるチベット人は隣国のインドに亡命し、保護された。
現在、チベット人の海外亡命者数は14万人を超え、そのうち約10万人がインドに滞在している。今日でもチベット難民が続々とインドに亡命している。
中国占領下のチベット
* 120万人以上のチベット人が中国政府や中国軍により殺された。
* 6千以上の寺院が中国政府や中国軍により破壊された。
* 数千人に上るチベット人が基本的人権行使のため中国政府や中国軍により監禁されている。
* チベットの天然資源及び自然環境が中国政府や中国軍により破壊され、回復が望めない状況になっている。
* チベットにいる中国人は750万人に達し、チベット人の600万人を超えている。
* 中国はチベット全体を軍事基地化しようとしている。
亡命
亡命中、チベット政府は民主主義の原則で再構成され、1959年4月29日ダライ・ラマ法王によりチベット亡命政府(=中央チベット行政府)が樹立された。そして翌年の9月2日より、自由かつ民主的な国会運営が始まり、今日に至るまで、チベット亡命国会は完備された国会機構として、チベット内外のチベット人に認められ、チベット亡命政府(=中央チベット行政府)はチベットを代表する唯一の政府として運営している。
1989年12月10日、チベット人の精神的象徴及び現世の指導者のダライ・ラマ法王14世はノーベル平和賞を授与された。
2007年10月17日、ダライ・ラマ法王はアメリカ国会より議会名誉黄金勲章を授与された。
チベット青年会議
1970年10月7日に成立したチベット青年会議は、チベット最大のNGO団体として、チベット独立、自由民主的な思想養成とチベットコミュニティーの団結を図るのが狙い。
独立組織としてのチベット青年会議は、明確な目標を憲章に制定している。世界12カ国に85支部、3万名の会員を擁し、チベット運動の中で最も活動的で重要な政治勢力となった。
結論
中国の植民地的な占領支配により、チベット文化が存亡の危機に立たされ、チベットの独立、文化、宗教、環境、人権が破壊されている。中国政府の文化同化政策や中国人の大量移民は、チベット人のアイデンティティーを脅かし、チベット人は自分の国家チベットにおいて、もはや少数民族になってしまっている。
2008年、半世紀にわたる中国の占領を経て、チベットで前例のないデモが発生、中国は残虐な武力鎮圧で対応した。中国が国際法違反と、無実のチベット人の人権侵害を継続していることの証左である。
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